■ 詩集 『ほどけゆく 季節の中で』A5判 122ページ
                        香咲萌(こうさき・もえ)/著

詩集より一篇

露草の希望


夏が終わり
秋の風が吹き始め
空地から移植した
露草が小さな命を紡いだ

―あら珍しい 露草ね
御近所の奥さんから 声が掛かる
白いレースのアリッサム
咲き乱れる庭で
しばし 花の語らい
傍らに 露草の青きらめいて

昔の人も愛した露草
「月草」と呼ばれ
布や紙を染めたそう
和歌では
人の心の移ろいやすさに
譬(たと)えられたとか

子供の頃
そこかしこに
咲いていた露草
今はほとんど
見かけなくなり
淋しい限り
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瑠璃色の露を いっぱい含んで
ひたむきに咲いている
花は僅か一日で
萎んでしまう
その花の養分は
次の花を咲かせる為に使われるという

一日一日を懸命に生きる花
一日一日を大切に生きる花

一本の露草から
小さな莟が
たくさん生まれた
細やかな幸せが
ひとつひとつ
芽ばえるように

希望の莟を
こころの中に
ひとつずつ持って
咲かせたい想いがある

今日も明日も
昔も今も
変わらない
生きる希望があるから
生きる喜びがあるから
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添え書


 香咲 萌さんは、まだお目にかかった事はない。が私には詩を通じて、又時折の電話で長年の友人というより、私の身内のように親しみを感じている。それは香咲さんが、この名のように花として見られる人であるからなのであろう。詩集の題名からして季節の流れを大切にしているし、これは〈あとがき〉に書かれているように花と共に生きているからで、つまり香咲さんそのものが花の精ともいえよう。
〈あとがき〉の中に見落せない一節がある。

 「以前親しくさせて頂いていた方々から戴いた花々。中には枯らした花もあり、残念な思いもしたが、詩に書き留めることによって、いっそう、私のこころの中で深く咲き、その方との想い出と共に、私の胸の中に、大切な花として刻まれている。」

 私はこの一文にはっとした。何のために詩を書くのかという課題に判然と応答している。花を懐かしい人に置き換えて見るとさらに理解できる。詩にすることでその人の声音、仕草まで思い浮かべることができる。まして肉親になると私の思いは進む。詩の巧拙を云うより、その思いの深さを知ることが大切であることを知らされた。
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 花といえば、日本では華道という文化がある。これも花の美を活かす大切なもので、その技は昔から伝承されてきている。私は下手なやき物をつくり、友人の穴窯で自然に灰の冠ったものを焼いてもらう。素朴なものほど花が立派にみせてくれる。というような事で生花の方々とも交流はあるが、香咲さんは花作りから始める。シクラメンが「地中海沿岸の森林の下草として自生している写真から」自分でもと金木犀の根方に植えた。「金木犀の根方は水はけも良く、木が雨傘にも日傘にもなる」この一文は、花の精である彼女でなければ書けない。シクラメンの身になっている。
 これだけの思い入れがあるので、「春への祈り」では、春の神を迎えるかに

 落ち葉を拾い
 雑草を抜き
 ‥‥‥(中略)
  じっと恋人を待つ身に似て
 そっと 紫陽花の芽の膨らみに
 触れてみた
 祈りを込めて
 瞼を閉じる
――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここでは、めぐりくる季節と花と人とが一体になっている。「ですから花も育つのです。」という返事がどこかから聞こえる。つまり私たちが地球の環境を取り戻すために、香咲さんの姿勢は不可欠のものであり真に平和を招くものと考えられる。
 香咲さんは童話集『不思議な花』(二〇〇五年十月)を日本文学館より上梓している。その感想を集めてみると
○花からインスピレーションを得たというこの作品には幸福が詰まっている。
○現代人が見失っている人間らしさ―真心、愛・勇気・感謝・謙虚さを何も語らずそっと咲く花を通して思い出させてくれる物語
とここにすべての感想が結集されている。この詩集の読後感も同じである。
 益々花の心を学んで多くの人に紹介して下さい。詩の形式が香咲さんに適していると思いました。

 二〇〇七年十月
 朝日カルチャー 現代詩教室 講師 比留間一成
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あとがき


 小さな庭で、花やハーブを育てている。四季折々に花が咲き、鳥や蝶、虫がやって来て、季節を感じることができる。ささやかながらも自然とのふれあいに、驚きの連続である。
 とりわけ、ここ二年は、シクラメンを地植えで育ててみようと、金木犀の根方に植えてみた。思い立ったきっかけは、京都の情報誌「kyo=」に連載された、広田尚敬さんのフォト・エッセイ「シクラメンは香る」である。
 シクラメンが、地中海沿岸の森林の下草として、自生している写真が載っていた。シクラメンといえば、どうしても鉢植えをイメージしてしまう。自生の群落には驚いた。でも、これが花の本来の姿なのだ。
 一年目は、一つ莟をつけたが、咲かずに終わってしまったのでがっかりした。二年目の今年は、七つの莟をつけた。金木犀の根方は、水はけも良く、木が雨傘にも日傘にもなる。今年はどうだろうと心配していたが、六月の終わり、台風が過ぎ去った後、ほっとして庭に出てみると、一つ咲いていた。この時期に出版も決まったので、二重の喜びとなった。
 そして七月。残りの莟が開花した。同時期に五つ咲いた。天に翔るシクラメンの花。きっと、私を祝福してくれているんだ。私にはそう感じられた。

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 露草やオキザリスなどの、草花も育てているが、というか、生やしているが、懐かしい子供時代に還れて、ほっとするのである。
 他にも想い出深い花は多い。以前親しくさせて頂いていた方々から戴いた花々。中には枯らした花もあり、残念な思いもしたが、詩に書き留めることによって、いっそう、私のこころの中で深く咲き、その方との想い出と共に、私の胸の中に、大切な花として刻まれている。引っ越しをされて、今はなかなか、逢えなくなってしまった。
 今までいろんな人に巡り逢った。元気をいっぱい貰った。それが私の日々の原動力になっている。
 比留間一成先生には懇切に御指導頂き、御丁寧な添え書を書いて頂きました。励ましと貴重なご助言を頂いております。心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 土曜美術社出版販売の高木祐子様は、終始御尽力下さり、スタッフの方々に、大変お世話になりました。心より厚くお礼申し上げます。
 創作を支え続けて下さる方々、日々苦労を分け合ってくれる夫にもお礼を申したい。ありがとうございました。

 二〇〇七年 初秋
 香咲 萌



ISBN978−4−8120−1647−3 C0092 定価2,100円(5%税込)
香咲萌(こうさき・もえ)  京都府出身
「POCULA」同人
2005年 創作民話とファンタジー『不思議な花』(日本文学館)
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