■ 現代
詩の新鋭 1 詩集 『名まえのない歌』

伊藤 浩子/著
その空の向こうで戦争が続いている。

「お父さん、あなたはなぜぼくを捨てたのですか?」
失われた名まえを取り戻すために、ぼくたちの旅は始まる――。
さまざまな声が融け合い一つの物語を語り出す交響的・総体的な連作長編詩。



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ー冬ー

真白な景色に挟まれながら、空色の服の兵士たちは、ジャック・ダニエルの
下手のように多くの犬を殺すに決まっている。
死んだ犬の耳と鼻は、そのまま、兵士たちの耳と鼻になるから、落ちてくる
血の音と匂いには臆病なほど敏感だ。

昨日までの青春はまぶしいだけで、家族と同じように窮屈だった。肉のぬく
みは禍々しい。
靴もきちんと履かないうちに彼らは家を出る。出て行くときはドアを閉める
だけでいいと、教師たちから教わった。
兵士たちの瞳の光は薄く、歌はない。

ジャック・ダニエルは、この冬の間中、犬を殺し続け、戦争を辞めないと宣
言した。もし辞めてしまったら、それは戦争に負けたことになると信じてい
るから。
負けたらどうなるか、分かっているかい?それが合言葉だ。
兵士たちはジャック・ダニエルを父の名で呼ぶ。
死んだ犬の大文字の首輪を等間隔に並ぶ電信柱に括り付けて、兵士たちは
靴紐をもっときつく結びなおす。
サーベルが雪道に淡い影を作り、道の途中、母親がくれたハンカチをポケット
の中で握り締める。

ゆっくり歩けば、それだけゆっくり年をとる。
大地に流され血の痕には、春になると、真赤な花が咲く。
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ISBN978−4−8120−1694−7 C0392 定価1,890円(5%税込)

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