|  | 伊藤 浩子/著 その空の向こうで戦争が続いている。
 
 「お父さん、あなたはなぜぼくを捨てたのですか?」
 失われた名まえを取り戻すために、ぼくたちの旅は始まる――。
 さまざまな声が融け合い一つの物語を語り出す交響的・総体的な連作長編詩。
 
 
 
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            | ー冬ー
 真白な景色に挟まれながら、空色の服の兵士たちは、ジャック・ダニエルの
 下手のように多くの犬を殺すに決まっている。
 死んだ犬の耳と鼻は、そのまま、兵士たちの耳と鼻になるから、落ちてくる
 血の音と匂いには臆病なほど敏感だ。
 
 昨日までの青春はまぶしいだけで、家族と同じように窮屈だった。肉のぬく
 みは禍々しい。
 靴もきちんと履かないうちに彼らは家を出る。出て行くときはドアを閉める
 だけでいいと、教師たちから教わった。
 兵士たちの瞳の光は薄く、歌はない。
 
 ジャック・ダニエルは、この冬の間中、犬を殺し続け、戦争を辞めないと宣
 言した。もし辞めてしまったら、それは戦争に負けたことになると信じてい
 るから。
 負けたらどうなるか、分かっているかい?それが合言葉だ。
 兵士たちはジャック・ダニエルを父の名で呼ぶ。
 死んだ犬の大文字の首輪を等間隔に並ぶ電信柱に括り付けて、兵士たちは
 靴紐をもっときつく結びなおす。
 サーベルが雪道に淡い影を作り、道の途中、母親がくれたハンカチをポケット
 の中で握り締める。
 
 ゆっくり歩けば、それだけゆっくり年をとる。
 大地に流され血の痕には、春になると、真赤な花が咲く。
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            | ISBN978−4−8120−1694−7 C0392 定価1,890円(5%税込) | 
          
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