■ 現代詩の新鋭 8 詩集 「メール症候群」


渡 ひろこ/著

*親指でしか語れなくなった

「震えている子羊は私だった」
現代社会を回遊する揺らぎの感性が綴る、泡沫の愛と家族の絆。アラファー世代の視点から現代を映し出す、IT革命の洗礼を受けつつ、母としての目線と女性としての美しく官能的な側面とが織り込まれた抒情詩篇。

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アイティー アップルズ
IT APPLES

林檎がふるえている
暗い海の底でヒリヒリする電波を発しながら
傷んだ痕を晒している

林檎たちがふるえている
共鳴しながら幾つもの透明な触手をのばし
痛みをそっと愛撫する

薄皮一枚 中身はグチャグチャの聡明な果実は
それでもナイフのような悲鳴を響かせて美しく詠うので
恐る恐るワタシも触手をのばしたが
微妙に向きを変えられて上手く傷口には触れられない

赤裸々に石榴のような裂け目を語るのに
緯度の違う触手は煙たいらしい
シーナという林檎を投げたら
少しだけ一緒に齧ってくれた

林檎たちは時々浮上する
羊水の中だけで留まらないかのように
みずみずしい細胞に満ちた肌で
ニコチン呼吸する
お互いの水滴を嗅ぎわけながらすり寄せあっている

ギガバイトの電波の中でなければ
自由に回遊できないのと
相手の形を確かめるとまたそれぞれの海に戻っていく

どっぷり生暖かい海水に浸って触手はいよいよ長くなり
ぐるぐると世界中を巡って

やがて何重にも縛られ
オゾン呼吸する
ふるえる大きな林檎は
次第にゆっくりと青い悲鳴をあげはじめる

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ISBN978−4−8120−1701−2 C0392 定価1,890円(5%税込)

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