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■ 新・日本現代詩文庫61『村永美和子詩集』
村永美和子/著
○(あな)を 掘った
穴のフチで土にまみれて 日付を焦がし/あの人もこの人も弾けなかった ノド
綴じ糸に声をとられ? /わたし ことば少なに行末にいて
……(むむむ)と 昼寝した (「夏の頁」より)
かつてモダニズムの先駆者・北園克衛がスムーズな文学はつまらないといったが、村永もスムーズな詩を敢然と拒否していることだ。北園の言説を踏襲することにおいて頑固であるといわなければならない。(柴田基孝・解説より)
あ、ことばの詩人を見いつけた。『おと更紗』を読んでそう思ったとき、わたしは初めて、南九州に住む村永美和子という人の詩に出遭ったのだった。もう三十年近くもむかしのことである(中略)詩人がことばの人というのは当然のことだが、村永さんのことばには音だけでなく、色や匂いや手触りまでもが渾然として響きあっていたのである。(相馬 大・解説より)
村永美和子はことばが好きである。特に新しいことばが。(中略)ことばを「ひねる」「ずらす」――そうすることで、日常にある隙間を拡大して見せる。関節の動きをぎくしゃくさせて、いままでなかった動きを呼び込む。つまり、意識をめざめさせる。
村永のことばの特徴はそこにある。(谷内修三・解説より)
ISBN978−4−8120−1741−8 C0192 定価1,470円(5%税込) |
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■ 新・日本現代詩文庫63『門林岩雄詩集』
門林岩雄/著
記憶の木が/まばらに生えている /うすぐらい/そろそろあるく……
しずかだなあ/おれの足音ばかり /(「記憶の森」より)
門林岩雄の中には二つの大きな血の流れがある。教師や医師の多い父方の血と、文学愛好家の多い母方の血である。この詩集を読んで感じることは、その二つの血の流れが、ときには一つになり、ときには絡み合い彼の中を流れていることである。知的なもの、常套的なものと、内部から迸るもの、感性に訴えようとするものとが入り乱れてぼくらに話しかけてくる。(中原道夫・解説より)
この詩人は、平成三年(一九九一)五十七歳から、詩作をはじめている。詩の出発年齢が、おそかったからか、毎年のように、詩集を出版している情熱的な医師詩人である。それは、詩作品「目」にみる、母と子の愛が生みだしたものであり、詩作品「高みより」の、父の冷静な教育愛から生みだされたものであると、判断できるもののようである。(相馬 大・解説より)
ISBN978−4−8120−1740−1 C0192 定価1,470円(5%税込)I |
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■ 新・日本現代詩文庫64『新編 原民喜詩集』
原民喜/著
碑銘
遠き日の石に刻み / 砂に影おち /崩れ堕つ 天地のまなか
一輪の花の幻
その世界へ、自分もこれから旅立つわけだが、その世界への扉をひらく方法としては、鉄路に横たわって電車に肉体を轢断させるというすさまじい方法をえらんだ。それは、彼が死後の世界で会おうとする人々が、姉や妻だけではなく、原爆で肉体をひき裂かれ悶え死んでいった無数の隣人たちでもあったからである。(藤島宇内・解説より)
思えば、朝鮮戦争最中の一九五〇年十二月、一篇の詩「家なき子のクリスマス」を親友・長光太に書き送って翌年早春、自死した原民喜の人生は、日本がたどってきた近代戦争の歴史と重なり合う、何とも苛酷な生涯であった。(海老根勲・解説より)
戦後早くから原爆告発の詩作品を発表した人たちは多いが、きっちり小説の形で残したのは原民喜が初めてであろう。今回文庫の冒頭に収録した「原爆被災時のノート」は貴重な歴史的資料である。(長津功三良・解説より)
*先にメールした「HP新刊データ5」の原民喜詩集のISBNが抜けていましたので、以下を追加して下さい。
ISBN978−4−8120−1743−2 C0192 定価1,470円(5%税込) |
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■ 新・日本現代詩文庫66『日塔聡詩集』
日塔聡/著
かつて雷の火に搏たれた樹木たちの
空に挙げられた裸の手 手 手……
私は見る 微風に揺れる枝葉のしげりも
ついにその傷口を蔽い切れないのを
地殻の闇はそこに口をひらき
樹液はもはや空に立ち昇るしかない……
いまは熟れ果てて眠りに堕ちる地も
そこだけはつねに生きて眼ざめている
(「ソネット二」より)
日塔のソネットは青春や立原道造の影響を超える為の言わば総決算で、星や樹木や花や落日に寄せて、生や死や神を歌う形而上学的な作品である。平易な言葉を用いているのにも拘わらず、その意味は深い。人間存在に対する絶えざる凝視と、天上的神の次元への上昇が、複雑な言葉の屈折をなしており、すでに現代の苦渋の色に染まった作品ということができよう。(木津川昭夫・解説より)
貞子の脆弱さに聰のいとしさはつのり、愛を深めていった。残されている一握りの日々。その、いくばくかの日々に、人生をリリーフ(浮彫り)する二人の愛。貞子の脆弱さを愛することは「いわば人生に先立った、人生そのものよりかもっと生き生きと、もっと切ないまでに愉しい日々」(風立ちぬ)を送り得るとも言えた。(安達 徹・解説より)
日塔の詩は散文のリズムでは果たせない不可視のものを、魂が感受するサンボリズムによって、遂にこの現実世界に可視のものとして象徴し、神と死の境界まで導こうとする。(布川 鴇・解説より)
ISBN978−4−8120−1742−5 C0192 定価1,470円(5%税込) |
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■ 新・日本現代詩文庫67『武田弘子詩集』
武田弘子/著
誰かが椅子をゆする
するとそのむこうに海が立ち上がる
それは無数のあおい血管のなかに私を招き寄せる
私の遠い耳を魚たちの澄んだ声に近づける
(「揺り椅子」より)
著者の詩のエスプリの根底には一貫したテーマがある。アフリカの女性の詩「黒い女の立像」も女性賛歌であり、女性性の豊饒をうたった秀作となっている。集中の異色の詩としては、「何処へ」を挙げられる。この作品は人間を瞶める透視力が真骨頂を示した作品である。汽車の座席に坐った老婆の形姿と行為を描きながら、老婆の一生を一瞬に凝視してみせる。結末には老婆の姿はなく、秋の日ざしを受けた座席に繭一個が銀色に輝いている、とあり、老婆の存在が繭に変るという象徴性に無限の空間を幻想出来る秀作である。(木津川昭夫・解説より)
武田弘子の詩には一貫して内面感情を貴ぶロマンチシズム的要素が色濃い。ロマンチシズムというと、日本では伝統回帰を標榜する「日本浪曼派」に結びつけ考えられてしまう悪しき習慣がある。さらに、もう一つの否定的論拠として、非現実的な空想物語を展開するパターンがあるが、武田のロマンチシズム精神の発露の仕方はこれら二つの傾向とはまったくちがう。強いていえば、武田のそれは北村透谷の内部生命論を源流とする創造的、根源的なものである。(中村不二夫・解説より)
ISBN978−4−8120−1752−4 C0192 定価1,470円(5%税込) |
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